中国人の原爆観
4月12日の朝日新聞は、「連続インタビュー・歴史認識」と題する連続ものの記事で、汪揮(揮は代替字。正しくは日偏に軍)精華大学教授からの聞き書きを載せている。
中国の視点からすると沖縄と広島は戦争の被害者として同じではないと汪教授は言う。沖縄が罪のない被害者だったのに対して広島は軍事都市であり加害者でもあったからだそうだ。だから、広島が「一方的な被害者の語りで伝えられると中国人は苦慮する」のだという。
しかし、このような議論が短絡的であり矛盾をはらんでいることに気付いてもらわなければ、日本人は苦慮するのではないだろうか。
先ず、汪教授は沖縄は被害者以外の何物でもないと言っているように聞こえる。現実にはそうであったと言えよう。しかし、沖縄も日本の国土の一部として日本の軍隊が常駐していたのであり、戦局の次第によっては沖縄から中国に出動することもあり得なかったことではない。また中国に送り込まれた日本兵の中に沖縄出身者も少なくはなかった筈である。沖縄もまた汪教授の言うような加害者にもなりえたのだ。
他方、広島は軍事都市であった点が取り上げられているが、こうした広島を特殊化する視点にも日本人は困惑を感じる。確かに広島も軍事都市と言えなくはなかっただろう。しかし、国の総力を挙げてアメリカと戦っていた当時の日本に、戦力と全く関係のない平和でのどかな村や都市が一つでもあっただろうか。広大な国土をもつ中国であれば、そのような風景が見られる地域や地区も存在しえたであろう。だが、狭小な平地にひしめくように人が住み着いている日本では、そのような風景はまず存在し得ないことだった。軍事都市であろうとなかろうと、軍事施設、軍事基地、軍事工場、その他もろもろは、日本国中ほとんど隣り合わせで置かれていたのだ。日本国中隅から隅までそれらは互いに繋がっていたのである。
最後に、ここで挙げておきたい最も重大な懸念は、汪教授の語り口には原爆を容認するかの様な語調があることだ。アメリカはただ広島の軍事施設その他を潰すために原爆を使ったのだろうか。そうではない。アメリカが無辜の広島市民を一発の爆弾で大量に殺戮するために原爆を投下したことに殆ど異論の余地はない。
中国に対する残虐な侵略行為で中国を苦しめたことを考えれば、原爆による大量虐殺も許される。あからさまにそう言わないまでも、できればそう言ってしまいたい心情が見て取れる。だが、その議論、ないし心情には見過ごせない矛盾が付きまとっていないだろうか。
南京事件を考えてみよう。そこでは、沖縄戦に見られたような、また中国内での数多くの会戦や行軍中に見られたような、多くの非戦闘員や女子供の痛ましい犠牲があったばかりでなく、中国が強く非難して止まない大量虐殺があったことも認めるに吝かではない。ただ、中国政府がこの大量虐殺の規模を20万とか30万とか言うのであれば、それは荒唐無稽と言う外はない。このことは注意しておかなければならない。
とすれば、これは大量虐殺だがあれは大量虐殺ではないとか、これは許されないがあれは止むを得ないなどと言って貰いたくない。原爆の使用がどんな理由で正当化されることがあっても、それが大量虐殺という非人道的な犯罪行為であることに変りはないのである。
汪教授は歴史認識にも触れて、「戦争は日本の少数の軍国主義者に扇動されたもの」との了解を日中で共有することによって友好関係が保たれてきたことを想起し、この了解を日本側が一方的に放棄するならば、それは日中の友好関係の基礎に対する重大な挑戦であることを指摘する。
この了解はさて置いて、では真実は何かを探求してみたい、そういう欲求が日本人の間に出てきても一概に不埒だとは言えず、それを無闇に押さえ込む訳にも行かないが、国際政治や外交の観点からはその動きを慎重に扱う智恵を失ってはなるまい。
中国の視点からすると沖縄と広島は戦争の被害者として同じではないと汪教授は言う。沖縄が罪のない被害者だったのに対して広島は軍事都市であり加害者でもあったからだそうだ。だから、広島が「一方的な被害者の語りで伝えられると中国人は苦慮する」のだという。
しかし、このような議論が短絡的であり矛盾をはらんでいることに気付いてもらわなければ、日本人は苦慮するのではないだろうか。
先ず、汪教授は沖縄は被害者以外の何物でもないと言っているように聞こえる。現実にはそうであったと言えよう。しかし、沖縄も日本の国土の一部として日本の軍隊が常駐していたのであり、戦局の次第によっては沖縄から中国に出動することもあり得なかったことではない。また中国に送り込まれた日本兵の中に沖縄出身者も少なくはなかった筈である。沖縄もまた汪教授の言うような加害者にもなりえたのだ。
他方、広島は軍事都市であった点が取り上げられているが、こうした広島を特殊化する視点にも日本人は困惑を感じる。確かに広島も軍事都市と言えなくはなかっただろう。しかし、国の総力を挙げてアメリカと戦っていた当時の日本に、戦力と全く関係のない平和でのどかな村や都市が一つでもあっただろうか。広大な国土をもつ中国であれば、そのような風景が見られる地域や地区も存在しえたであろう。だが、狭小な平地にひしめくように人が住み着いている日本では、そのような風景はまず存在し得ないことだった。軍事都市であろうとなかろうと、軍事施設、軍事基地、軍事工場、その他もろもろは、日本国中ほとんど隣り合わせで置かれていたのだ。日本国中隅から隅までそれらは互いに繋がっていたのである。
最後に、ここで挙げておきたい最も重大な懸念は、汪教授の語り口には原爆を容認するかの様な語調があることだ。アメリカはただ広島の軍事施設その他を潰すために原爆を使ったのだろうか。そうではない。アメリカが無辜の広島市民を一発の爆弾で大量に殺戮するために原爆を投下したことに殆ど異論の余地はない。
中国に対する残虐な侵略行為で中国を苦しめたことを考えれば、原爆による大量虐殺も許される。あからさまにそう言わないまでも、できればそう言ってしまいたい心情が見て取れる。だが、その議論、ないし心情には見過ごせない矛盾が付きまとっていないだろうか。
南京事件を考えてみよう。そこでは、沖縄戦に見られたような、また中国内での数多くの会戦や行軍中に見られたような、多くの非戦闘員や女子供の痛ましい犠牲があったばかりでなく、中国が強く非難して止まない大量虐殺があったことも認めるに吝かではない。ただ、中国政府がこの大量虐殺の規模を20万とか30万とか言うのであれば、それは荒唐無稽と言う外はない。このことは注意しておかなければならない。
とすれば、これは大量虐殺だがあれは大量虐殺ではないとか、これは許されないがあれは止むを得ないなどと言って貰いたくない。原爆の使用がどんな理由で正当化されることがあっても、それが大量虐殺という非人道的な犯罪行為であることに変りはないのである。
汪教授は歴史認識にも触れて、「戦争は日本の少数の軍国主義者に扇動されたもの」との了解を日中で共有することによって友好関係が保たれてきたことを想起し、この了解を日本側が一方的に放棄するならば、それは日中の友好関係の基礎に対する重大な挑戦であることを指摘する。
この了解はさて置いて、では真実は何かを探求してみたい、そういう欲求が日本人の間に出てきても一概に不埒だとは言えず、それを無闇に押さえ込む訳にも行かないが、国際政治や外交の観点からはその動きを慎重に扱う智恵を失ってはなるまい。

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